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韓国強制併合100年、植民地支配の責任を考える


by 1910822

カンファド 江華島 1875 2010.7.27

江華海峡とチョジジン・草芝鎮の岸辺


草芝鎮は雲揚号、日本帝国の軍隊が朝鮮守護隊と交戦した地。
 砲台は復元
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2002年に鈴木淳が「史料紹介」として論文を発表。
『史学雑誌』2002年12月号
に防衛庁防衛研究所戦史部図書館所蔵の
「明八 孟春 雲揚 朝鮮廻航記事」綴り所収の報告書を分析し、従来の「改訂」報告書と比較し、


戦争行為が三日間

にわたっていたこと、当初の侵入が飲料水の確保目的であったという虚偽を明らかにし、先行研究が推測でしか述べられなかった水の補給ではなかったことを実証した。<初出誌参照による>

 鈴木は一〇月八日付の「改訂」報告との異動を考察している。   
綴りは一九六四年四月一三日に伊東二郎丸が寄贈、父親伊東祐麿の旧蔵文書で、事件当時中艦隊指揮官、雲揚を指揮する立場であった。伊東祐麿艦隊指揮官から河村純義海軍大輔に提出、河村から太政官に提出された。
 
同月二十日、天気晴。午前第八時三十分同所抜錨、第十時永宗城ノ上ニ鷹島(海図カツトル島)ヲ北西ニ望ミ錨ヲ投ス。而後、測量及諸事検捜且当国官吏エ面会万事尋問ヲナサント、海兵四名、水夫拾人に小銃ヲモタラシ井上少佐、星山中機関士、立見少尉、角田少尉、八州少主計、高田政久、神宮寺少尉補、午後一時四十分端艇ヲ乗出シ江華島ニ向ケ進ム。    

同島ヨリ海上一里程ノ前ニ一小島アリ、此島南東ノ端ニ白壁ノ砲台アリ(是ヲ第二砲台ト記ス)。
四時七分此前面ニ到リシナレ共兵備更ニナク、人家僅カニ七八軒アルヲ見認タリ。同時二十二分江華島ノ南端第三砲台ノ前ニ至レハ、


航路狭小ニシテ岩礁等散布シ、
又海岸ノ少シ小高キ平坦ノ地ニ白壁ノ砲台アリ

陣営ノ如キモノ其中ニアリ(水軍防営ナランカ)。
 
夫ヨリ一段低ク南ノ海岸ニ一ノ強台場アリ。此所ワ勇敢ノ兵ヲ以テ之ヲ防禦スルトキハ実ニ有到要害の地位ト見認タリ。 
       
此所へ上陸セント思ヘ共日モ未タ高ク依テ今少シ奥ニ進ミ帰路上陸ニ決シ、同三十分、右営門及砲台ノ前ヲ已ニ経過セントスルトキ、端艇ヲ目的トシ彼レ営門及砲台ヨリ突然大小砲ヲ乱射スルコト陸続雨ヲ注グガ如シ。

暫ク挙動ヲ見合ト雖モ進退終ニ此ニ究リ、故ニ不得止我ヨリ亦其日用意ノ小銃ヲ以テ之ニ応シ、暫クハ打合ニ及ビシナレトモ、何分彼ワ多人数ニシテ且ツ砲台ヨリ大小砲ヲ乱射ス。


夫ヨリ一段低ク南ノ海岸ニ一ノ強台場アリ。此所ハ勇敢ノ兵ヲ以テ之ヲ防禦スルトキハ実ニ有到要害の地位ト見認タリ。

此所へ上陸セント思ヘ共日モ未タ高ク依テ今少シ奥ニ進ミ帰路上陸ニ決シ、

同三十分、右営門及砲台ノ前ヲ已ニ経過セントスルトキ、端艇ヲ目的トシ彼レ営門及砲台ヨリ突然大小砲ヲ乱射スルコト陸続雨ヲ注グガ如シ。

暫ク挙動ヲ見合ト雖モ進退終ニ此ニ究リ、故ニ不得止我ヨリ亦其日用意ノ小銃ヲ以テ之ニ応シ、暫クハ打合ニ及ビシナレトモ、何分彼ワ多人数ニシテ且ツ砲台ヨリ大小砲ヲ乱射ス。我ワ只小銃十四五挺ノミナリ。仍テ之レト競撃スレ共益ナシ。故ニ一先帰艦ノ上本艦ヲ以テ之ニ応ズルニ不如ト、同時五十七分発砲ヲ止ム。然レトモ彼尚砲台ニ兵ヲ配置シ発砲スルコト一層過烈ナリ。第五時ニ至ツテ漸ク止ム。                      

第九時、一同無事ニシテ本艦ニ帰ル。
同月廿一日、天気晴。午前第四時惣員起揃、蒸気罐ニ点火ス。第八時檣上ニ御国旗ヲ掲ケ而後分隊整列、抑本日戦争ヲ起ス所由ハ一同承知ノ通リ昨日我端舟出測ノ時第三砲台ヨリ一応ノ尋問モナク乱リニ発砲シ大ニ困却ス。此儘捨置クトキワ御国辱ニ相成、且軍艦ノ職務欠可キナリ。因テ本日彼ノ砲台ニ向ケ其罪ヲ攻ントス。一同職務ヲ奉シ、国威ヲ落サヾルヤウ勉励シ、且海陸共戦争中惣テ粛清ニシテ万事号令ニ従イ不都合ナキヨウ致スヘク旨、数ヶ条ノ軍法ヲ申渡シ、終テ戦争用意ヲ為シ、第八時三十分抜錨、徐ニ進ミ、砲員其位置ニ整列ス。第九時十八分、各砲ニ着発弾ヲ装填シ第十時二十分第二砲台ノ前ヲ過ク。        以下略


同十時三十分、惣員引上ケ本艦ニ帰ル。
此夜諸「ランプ」ヲ餝点シ酒宴ヲ開キ本日勝利ノ祝及戦死ノ者霊魂ヲ慰ムル為メ彼ノ分捕ノ楽器ヲ列奏シ各愉快ヲ尽シ、其夜第二時ニ至テ休憩ス。

同月廿三日、晴、午前第十時、昨日積残リノ大砲ヲ積込ミ、十一時同所発艦、午後四時十五分サリー河入口小島前ニ投錨ス

同月廿四日、曇、午前呑水ヲ積ミ、第十時三十分同所抜錨、天気見定メノ為メ午後五時七分「ショーラム」湾エ投錨ス
 
同月廿五日、晴、午前第三時五十分同所抜錨、天気宜シク海上平穏ニシテ同廿八日午前第十時四十九分長崎ニ帰艦ス


井上勝生は岩波新書『幕末・維新』シリーズ日本近現代史で上記文書に触れている。
他に中塚明「江華島事件再考」『社会評論』140号、2005年



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江華島サイクリング・ロード
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江華歴史記念館前の店で自転車を借り、草芝鎮まで往復26キロを走る。
草芝鎮の手前、数百mのみが未整備であった。
道路幅が狭く路線バスが迫ってきたときは自転車をとめてよけました。

 地下鉄新村駅7番出口に出て歩道を道なりに100m歩き、バスターミナルから
3000番表示のバス。
 1,800ウォン、新村から江華島バスターミナルまで2時間弱
 ターミナルからタクシーで歴史記念館まで3,500ウォン

午後1時半 歴史館。自転車借り料金9,000ウォン
草芝鎮を3時15分に出て4時5分に歴史記念館に戻る
時速16キロのペース。再びバスターミナルまでタクシー4,000ウォン
待ち時間10分ほど。バス料金は1,800ウォン
4時30頃 1時間50分で新村ロータリーに着きました。
6時30分 地下鉄に乗る

リンクサイト



2010/08/04 15:20 KST
全国結ぶ環状自転車道を構築、基本計画・指針策定


関連記事 2010.8.4
http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2010/08/04/0800000000AJP20100804002300882.HTML
【ソウル4日聯合ニュース】2019年までに全国約2000キロメートルを結び整備される自転車道について、行政安全部が事業の体系的、総合的管理に向けた中長期計画「全国自転車道路基本計画」を策定したと4日に明らかにした。
 計画によると、全国自転車道は全国を四角環状に連絡する「全国循環網」と、格子型の「内陸連係網」に区分し構築される。

 全国循環網は、既存の道路を最大限に活用しながら、ほかの開発事業に含まれる区間を除く2175キロメートル区間を2019年までに整備するもので、1兆205億ウォン(約744億円)が投じられる。内陸連係網は、自転車利用需要の増加と社会・経済環境に応じ事業時期を調整することにした。

 また、同部は「自転車利用施設の設置と管理指針」を作成した。

 それによると、現在は地域ごとに異なる自転車道の色を暗赤色に統一し、自転車道の起点と終点、交差点や接続区間などにカラー舗装を施し、車両ドライバーにも分かりやすくする。

 あわせて、自転車道が狭く利用しづらいとの指摘を受け、片側一車線の幅を従来の1.1メートルから1.5メートルに広げ、やむを得ない場合に限り1.2メートル以上の設置を可能とする。自転車道利用者の安全に向け、一般道路との間に車両制限速度に応じ0.2メートルから1メートルの分離帯を確保する。

 自転車駐輪場の設置基準も強化し、現在は路外駐車場に限り総面積の5%を自転車駐輪場として確保するよう定めているが、これを路上駐車場まで適用する。都市計画駐車場は車両駐車台数の10~20%に相当する自転車駐輪場を設置させる。

 行政安全部は、この指針を国土海洋部と共同の法令「自転車利用施設の構造・施設基準に関する規則」改正が完了する来月から適用する予定だ。

 同部関係者は、韓国の自転車道の基盤となる国家計画が初めて策定されたと評価するとともに、グリーン成長のキーワードとして自転車の利用活性化政策を引き続き進めていくと述べた。
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by 1910822 | 2010-07-27 07:04